6年前に作って・・・乗っていた ショベソフ・・グリ金号~
その後・・南相馬の知人を通じ・・現オーナーの元に
今思えば・・その4年後に 千年に一度の大津波が!!!!
2011.3.11のあの時! 場所的に 地図・メデイア・地元の話を聞いても
情報を精査しても、無事とはとても思えない状態ではありませんでした。
堤防は壊れ! 海岸線が奥まで・・堤防のコンクリの固まりは写真に写らないあたりまで流されていた
津波は、堤防を越し~左から 右方向約1km先のR6をも超えた!
そしてこの写真の後方から20Mの丘を越え 津波が下の集落を襲った!
左奥の決壊した堤防の先の海岸沿いには 肉眼でも確認できるほどの
大集落があったそうだが、目を凝らしても1軒もない!!
納車前の写真6年前! 再開の写真は感動のあまり無い!
その後、地元の知人の話で、かろうじて 家に被害は無いと・・聞き
安堵してましたが、本人との連絡もつかず・・・・・・
居てもたってもいられず・・震災直後のガソリンが無い中・・
自らの目で確かめるために・・道なき道を・・自宅まで
そこは、海を見下ろす高台にも限らず 道路には流された車! 流木!
海抜20Mはあろう所が! 丘の上にある家は・・1階部分が えぐり取られ
海側から 丘を越した津波で 丘の反対側の下の家は、波に押しつぶされている
異様な光景の中・・2~3軒が 外見は 無傷だった~
前方の丘を津波が超えてきたそうな~~まさかの背後高台からと海・川から押し寄せる
津波でWパンチの惨状!!
ほとんどはかたずけられてはいるが、2年たった今も、残っている家も多い。
写真の茶色い鉄クズは・・電柱の芯だそうだ!!この辺りは20数件の家が あったところです。
そんな光景を目の前に・・言葉では言い表せない感情が 今でも思い出す~なぁ~
当然本人には会えず・・おそらく 2台のH-Dも 無事だろうと安心し~その場を立ち去った。
オーナーも宮城県丸森の仮設住宅 居られることを知り 一安心!すると 間もなく!
20KM警戒区域 立ち入り禁止になり・・その後1年半ほどは 帰宅困難になっていた所・・・
そして、2年後の3月末に 本人 ともども 無地に 再会!!
本当に良かった。しかし、警戒区域は変わらず 5時間限定で 帰宅は出来るが
未だ・・居住困難地域は・・変わらない。
当然、住めないところは 修繕もできず 景色は・・震災当時のままになっている。
この奇跡のハーレーが、ある場所は 福島原発警戒規制区域20KM圏内1.95kmの場所で
放射能計測数値は、南相馬中心部と変わりない。
カナダまで奇跡的に流れ着いた ハーレーも凄いが、 こんな凄い所で、無傷の塩水もかぶらず、放射能高濃度汚染もかわして 何事もなかったかのように シーツをかぶり 倉庫の中で
再開した姿は・・涙がこぼれました。
余りの感動で・・・ご対面写真も撮らずじまい!
オーナーさんは 申していました。
オーナーさんは 申していました。
居住禁止区域ではありながら、一般も含め5時間の帰宅 立ち入りが許されてからの
自己防衛も大変だったと・・「譲ってください~売りませんか~と何処からか聞きつけて訪ね
・・うろつく 怪しいやからが 多かったのか? トラクターやホークリフトで塞ぎ 守り通した
2年間の苦労話を聞かせていただきました。
原発の2重被害の中、窃盗にも合わず・・残ったことは 凄いことだなぁ~と改めて実感!
千年に一度の大津波は・・・仕方なくとも・・
危険分子の 原発は あってはならないと 思う 今日この頃でした。
原発さえなかったらと思うと・・・
原発さえなかったらと思うと・・・
この奇跡のHDは・・・オーナーさんの 行為により・・展示の予定及び復興支援のイベントなどで
展示公開を予定しています。
又、オーナーさんの一言!
原発のせいで 俺たちはとんでもない目に合っている。
事故を起こした責任者が関係者が
誰一人 捕まるわけでもないのに
5時間以上自分の家にいて
逮捕されるのは
おかしいだろう~~・・・と
この・・奇跡のハーレー
オーナーさん79歳の
元気な姿は・・・詳細とともに
2013.4.10発売のVIBESに紹介される!!!
そして・・・オーナーさんの長いハーレー人生で
いろんなことがあったが
最後に サイドカーに乗ってみたい
願いをかなえるべく
奮闘中であります。
高年式2003年以上の
FLHTCU-I S/Cの販売情報がありましたら
是非!教えてください。
尚、奇跡のハーレー2台は
(1975年ショベソフ1200cc4速)
(1989年FLSTC)
は
大事にしていただける方が居れば
譲ることも可能だそうですので
お問い合わせください。
原発警戒区域内の保管車両ですが、
計測数値は、通常の自然界のレベルです。
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